橙武者クイズ文章置き場

クイズ企画者・プレーヤーの橙武者(神野芳治)です。Twitterでつぶやくには長すぎる文章をこちらに置いています。

【mono-series】(2)社会人はあえて表彰しない~「イベント=競技会」以外の可能性

 今回の学園mono-seriesは、「タイトルに反して、社会人用は別室で参加可能」「ただし学生とは部屋を分ける」そして「あえて社会人は表彰しない」というシステムにしました。

gakuen-mono.jimdo.com

 社会人も参加可能にしたのは、特に地方では「幅広い傾向の」「クイズに触れる」機会がともにまだまだ少ない……と思われたから
 学生と部屋を分けるのは、「学生は学生だけで盛り上がりたいだろう」「社会人が上位を占めてしまうのも良くない(今回の学生の強さを見ると果たしてどうだったかな、とは思いますが)」……と判断したから

 そして今回の本題が、「あえて社会人は表彰しない」という部分です。

社会人を表彰しなかった理由

 いくつかあります。

・あくまでメインは「学生」であり、「社会人」はおまけなんだよ、というのを強調したかったから。

・質の問題。当日その場で組み分けをして、その場で問題を渡していたような「ゆるっとした」形であり、これで表彰して公式サイトや「新・一心精進」に載せるのは違和感があったから。

 ただ、「社会人はおまけ」にしても、表彰することにより励みになる、というメリットはあるわけで、表彰する手もあった。

 また、質の問題についても、今回は突貫工事なのでそこまで手が回らなかったのも事実ですが、参加者の方に協力を頂ければ(事前に誰がどのセットのスタッフかは決めて、問題を送って問読み練習をしておくとか)、それほど多くの負担なしに、(自分の中で)「表彰に足る」質にすることはできた。

 また、現在「新・一心精進」に掲載されるということは「名誉」とされ、ここに重きを置く層も存在します。ただ、「新・一心精進」には掲載しないけど、自分のサイトには掲載する……という手だってあった(自分も過去やったことがあります)。

 

 ただ、その点がクリアされたとしても、やはり僕は今回は「表彰しない」ことを「選んだ」だろうし、次回以降も継続したいと思っています。

 「クイズイベント=競技会」ではない道を探りたかったから、です。

普通に考えると、「クイズイベント=競技会」なのは確か。

 クイズは1問につき「正解した」「誤答した」「それ以外」というのが明確に出ます。そして一定の問題を経れば、そこには明確な数字が出てくる場合がほとんどです。
 だから、自然に考えれば、クイズは「競技」という認識をされる。また、せっかくその「競技」で活躍したんだから、その人を褒めてあげたい、というのも自然です。

 そう考えると、「クイズイベント=競技会」というスタイルがむしろ「自然」です。「あえて」表彰しない、「あえて」競技会ではない道を探る……何かの意図と目的がないと、わざわざ「あえて」やらない。

 では、なぜ僕は「あえて」競技会としての色を出さなかったんだろう。

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福岡・学生篇の殿堂(右半分)。実は社会人篇誰がトップだったのか僕自身知らないのです。なおこのホワイトボードを見て「中山くん凄え」と絶句する徳久くんら社会人組。

順位をつけたくないわけではない。が、上位を過度に賞賛しない道があってもいい。

 僕は「順位をつけたくない」というわけではありません。「最近の運動会はこうだ」という話に出てくるような、「みんなでいっしょにゴールしましょう」というのは良いとは思えない(自分の子供の際はそういうのを見たことなかったですが)。順位がつくこと自体は悪いことではないし、良い順位の人が嬉しがり悪い順位の人が悔しがる、というのは全然いいと思ってます。
 また、優勝者を「決めない」というのは、イベントとして収まりが悪い、というのも事実です。最後に「〇〇さん優勝です!おめでとうございます!ありがとうございました!」で締めた方が、まあ自然だしわかりやすい。

 ただ、企画者側の立場になったときに、どの程度賞賛するか、というのは別問題です。「上位を賞賛する」ことはその人の励みになる、他の人の憧れになるという点で一つのメリットだけれども、「それをしない」ことによるメリットもあるのではないか、と。

 テレビのバラエティ番組は、大半の場合優勝者を決めます。クイズ番組というよりは情報番組の色合いが強いものでも、「勝者を決めない」ものというのはあまりない。
 ただ、誰が勝ったかを重視しない番組はたくさんあります。途中経過も特に重視しない、最後にさらっと「〇〇さんチーム優勝でーす」くらいにしてすぐにエンドロール……みたいな形。特に記録にも残さない。というか、そもそも視聴者の僕らが、情報要素の強い番組で誰が勝ったかとか興味ないですよね。それよりは、どんな情報が提供されたか、見ていて面白かったかどうか、の方が大きい。

 

 クイズイベントでも、「優勝者は決める」けど、「過度に賞賛しない」道はあってもいい(もちろん「優勝者を決めない」道も)。
 なお学生部屋でも、公式サイトや「新・一心精進」に載せるとはいえ、当日は「優勝者にさらっとインタビューして終わり」でした。賞品も特に無し(10ユーロでも渡す時間と金がもったいない)、そこに時間と金かけるんだったら、違うところにかけたい。
 自分の経験上、優勝者は「No.1になった時点で単純に嬉しい」「No.1ってだけで注目される」ので、加えて過度に主催者側が祭り上げなくても……というのもあったりします。

あえて「競技会」でない色を出すことによる、クイズの可能性の広がり。

 では、「競技会」ではない色を出すと、どのようなメリットがあるのか。

(1) 「競技」以外の色を強く打ち出すことができる。

 今回の学園mono-seriesの社会人部屋については、「まったりと」「問題そのものを楽しんでほしい」という意図がありました。事前の告知でも、「『フリスタ(フリースタンディング。フリバの早立ち版)』+α、くらいのゆるっとしたスタンスでご参加ください。」というように明記しています。

 「競技」というのがわかりやすく訴求力があるだけに、「競技」を謳ってしまうと他のものが見えにくくなってしまう。他の色を強く出したいのであれば、(実際は明確に競技であったとしても!)あえて「競技」を表に出さない、というのは一つの戦略だと思います。

(2) より「自由度が高い」「負担が低い」ものができる。

 競技会として「明確に順位を決めなければならない」「それが後世まで記録に残る」と身構えすぎると、冒険はしにくくなるし、何かを開催することに敷居の高さを感じてしまう人はいるかもしれない(競技会形式で冒険ができないわけではないし、「新・一心精進」にはけして競技志向だけではない幅広いイベントの結果が掲載されているし、競技会でないからイコール適当でいいということでもないですが。念の為)。
 前者は「新しい傾向のテスト」、後者は「まだクイズをやる場が少ない地方において、質にこだわるよりも場を増やすことを重視する(今回も一部これに当てはまる)という点で活用できるのでは、と思います。

 (3) 「初心者」「ガチ以外のスタンス」の方を受け容れやすい。

 今回の学園モノシリとは外れた話になりますが、「初心者」「ガチ以外のスタンス」の方の受け容れ、という点でも、「競技」を謳わないメリットがあります。
 「競技会」であることを強調すると、やる気のある人のやる気はさらに書き立てられるだろうし、より気合が入る。ただ逆に考えれば、「まったり楽しみたい」「まだ自信がない」と言う人は、「競技会」の雰囲気を薄めた方が来やすいのではないだろうか。

 もちろん「競技会」にチャレンジすることを楽しみにする初心者の方、「自分はやらないけど、観客として競技会のガチガチの雰囲気を見たい」という観客の方もいる、ということは理解しています(なので地域最強/新人戦は「競技会」として運営しています)。ただそういう人ばかりではない(クイズ界に残る「元・初心者」は大半がガチ志向なので見えにくいのですが)以上、他の選択肢があった方がいい。

 

 

 

 「競技会」としてのクイズが盛り上がることは非常にいいことですが、「競技会」以外の選択肢も模索すれば、もっとクイズは人口/傾向ともに広がる可能性がある、と僕は信じています。

 

 

 ……と書いてきましたが、上記は主宰とはいえ個人の感想です。アンケート結果やスタッフの声によっては、「公式サイトだけに載せる」とか「新・一心精進にも載せる」など方向転換するかもしれません。そこは柔軟に。

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